ムラサキについて



和名:ムラサキ (ムラサキ科)

学名:Lithospermum erythrorhizon (Boraginaceae)

   
植物体の特徴:

 日本、韓国、中国の日当たりの良い山野に自生する多年生草本で、草丈60センチメートルを超える。初夏から夏にかけて白色の花を順次下から上に向けて咲かせ、散形花序となる。全草に硬い毛が生えており、葉は広被針形で硬く、脈がはっきりしている特徴がある。葉身の長さは2〜5cm、幅1〜3cm。地下に太い主根があり、その表面のコルク層にシコニン誘導体が蓄積するため、赤黒く見える。この根を乾燥したものを漢名「紫根(シコン)」と称し、止血、癒創薬などとして、火傷、痔疾、創傷、凍傷などの治療薬に外用する。特に、華岡青洲考案の「紫雲膏」は、現在でも最も市販される和漢外用薬の一つに数えられる。また、内用薬としては、紫根牡蛎湯の必須生薬として処方され、悪性腫瘍などに適用される。有効成分は、マトリンなどのアルカロイドとされるが、非常に多様なフェニルプロパノイドを含み、これらの生理活性も注目されている。このほか、紫根染めとよばれる、美麗な紫色を得るための染物にも古来より使われてきた。 この植物は、日本に限らず、上記のアジア諸国でも急速に個体数を減らしている植物で、絶滅危惧種としては、わが国のレッドデータブックの筆頭に上げられるほどにまで、その状況は逼迫している。


ムラサキ培養細胞の特徴:

  継代培養に使われるLS培地の中では、白色から黄色味を帯びた懸濁培養細胞。やや大きめの細胞塊として継代される。色素生産のためには、シコニン生産培地であるM9などの培地に移植し、暗黒化で2−3週間培養すると、大量のシコニン誘導体を生産し、細胞外に排出する。シコニン誘導体は水に不溶性であるため、培地は赤く濁るのが特徴。その生産量は、状況が整えば、細胞の乾燥重量辺り20%を超える。明確な生産誘導系であり、LS培地ではまったく生産が見られないのに対し、M9では最大限に生産が誘導される。また、M9培地にあっても、光、2,4-D、NH4+、以下に述べるフェニルプロパノイドの生産に関しては、誘導系ではなく、構成的に生産高温などで抑制され、逆に、ジャスモン酸、酸性多糖、銅イオン、などで強く促進される。ほとんどの因子が可逆的であるという特徴もある。
   本培養系は、以前の三井石油化学株式会社から、世界で最初の植物培養細胞による二次代謝産物の生産系として工業化された経緯がある。    


二次代謝の観点からの利点

ナフトキノン:
 シコニンは特有の生合成経路より合成される脂溶性のナフトキノン系赤色色素。我々の用いた細胞株の特徴として、様々な因子でシコニン生産を阻害すると、生合成の中間に位置する、p-ヒドロキシ安息香酸(PHB)をゲラニル化するプレニルトランスフェラーゼ(LePGT)の制御がキーポイントである。本EST library には、LePGTも入っており、シコニン生産時に作成したライブラリである特徴が出ている。 生合成経路としては、中間体のPHBまでがシキミ酸経路、これがゲラニル化された後は、脱炭酸、閉環、水酸化、芳香化など、独自の代謝経路で生合成される。 これ以外に、ベンゾキノン誘導体のdihydroechinofuranを生産する。これは天然の紫根にも含まれる成分であるが、培養細胞で詳細に調べられており、LePGTの発現が上昇しても、ナフタレン環への閉環反応が滞っていると生産され、細胞外に可溶状態で放出される半脂溶性物質である。LePGTの発現誘導に対するレスポンスが早いため、マーカーにも用いられる化合物である。C-O-Cのエーテル結合による閉環反応がかぎになっており、二次代謝における未解明の類似反応は多い。    

イソプレノイド:
 シコニンの生合成の中間に位置するPHBのゲラニル化において、利用されるGPPはメバロン酸経路で生合成されることがトレーサー実験から明らかになっている。これは、サイトゾル局在であるとされるが、これまでに報告のある中で、唯一のサイトゾル局在型のGPP合成酵素である。また、同様の意味で、唯一のメバロン酸由来のGPP合成酵素である。この中間代謝分子の生産は、HMGCoA-Rの発現レベルで制御されているとされるが、GPP生産にかかわるメバロン酸経路という特徴あるモデルとして、本ESTライブラリの価値は高い。  

フェニルプロパノイド:
 フェニルプロパノイドの2量体であるロズマリン酸や、3量体であるリトスペルミン酸、さらには4量体であるラブドシンやリソスペルミン酸B(LAB)を生産する。特に、LABの生産は、シコニンに比肩するほどの大量で、こちらは細胞の中に蓄積する。配糖体にはなっていない。 

フェノール配糖体:
 シコニン生合成が、光、2,4-D、NH4+などで阻害されたときに、蓄積してくる生合成中間体PHBが配糖化されたもの。液胞にたまることが証明済み。量は、全くシコニンが生産されないとき、全シコニン生産ポテンシャルの半量くらいが蓄積する。  

輸送の観点からの利点

  ムラサキのシコニン誘導体は、細胞外へ顆粒の形、あるいは油滴の形で分泌しているところに、本培養細胞の大きな特徴がある。またその量は、細胞の乾燥重量あたり多いときで10%を超えており、大量の輸送系が働いていることになる。中間体は小胞体上で生合成されることから、そこから分泌小胞が作られ、細胞膜と融合することで内容物をアポプラストに分泌していると考えられている。このシコニン誘導体の輸送・分泌機構に関しては、ほとんど未解明ではあるが、その生産量の多さからこれに関与するESTの存在比は多いことが期待される。
   また、シコニン生産に使われなかったp-ヒドロキシ安息香酸(中間体)はそのO-配糖体として液胞に蓄積していることが証明されている。配糖化はサイトゾルで行われているため、液胞膜におけるフェノール配糖体の輸送遺伝子の存在が予測される。 ロズマリン酸やリトスペルミン酸B(LAB)のようなフェニルプロパノイドの生産物は、細胞内に蓄積している。おそらく液胞に存在すると思われるが、LABの生産量はシコニンと比肩するほど高いため、その輸送体の発現は高いことが期待される。またこれらの化合物は配糖体でないため、その液胞輸送にどのタイプの輸送体がかかわっているかにも興味がもたれる。   
   
 * ムラサキ培養細胞のESTデータに関しましては、かずさDNA研究所植物遺伝子第2研究室、柴田大輔室長、鈴木秀之博士、櫻井望博士のご協力により得られたものです。この場をお借りして深く感謝いたします。
  
参考論文